学校は勉強をしにいくところです。
しかし学校教育には、むしろ勉強の成果を下げてしまう勘違いを引き起こす可能性があります。
この記事ではそんな勘違いとその対策を3つ紹介します。
「勉強はつまらないもの」という勘違い
1つ目の勘違いは、「勉強はつまらないもの」という勘違いです。
学生の勉強に対するモチベーションに関する統計は毎年出ていますが、
「勉強が好き」だという中高生は過半数を越えません。
学年が上がるにつれて、むしろモチベーションは下がっていく傾向にあります。
これを学生のせいにするのは無理があります。
多くの学生が同じようにモチベーションを維持できていない以上、
教え方が間違っていると考えるのが妥当です。
実際、モチベーション研究の観点から考えると、
多くの学校はモチベーションを上げるどころか下げてしまうような教え方をしています。
例えば以下のようなものがモチベーションを下げる原因となります。
- 義務教育
- 学習内容を自分で選べない
- やり方を自分で選べない
- 目的を教えない
- 宿題/課題
- 非効率な勉強法
なぜこのような状態になっているかというと、
最新の研究に基づいた効果的な手法を取り入れることができていないからです。
時が進むにつれモチベーションなど様々な事実が研究により明らかになっています。
しかし、学校の教育方針は昔からほとんど変わっていません。
時代遅れなやり方を未だに繰り返しているのです。
私は、大人になってから勉強の楽しさに気づきました。
それに気づけたのは、学校の勉強のやり方とは全く異なる、
楽しいやり方を偶然見つけることができたからです。
勉強とは本来楽しいものであり、誰に言われるでもなく勝手にやるものだと私は考えています。
学校が勉強を面白くしてくれないのなら、自分で面白くするしかありません。
勉強を楽しくするためのモチベーションの上げ方はこちら。
「勉強は教わるもの」という勘違い
2つ目の勘違いは、「勉強は教わるもの」という勘違いです。
結論から言うと、勉強は先生に「教わるもの」(taught:受動態)ではなく、
自ら「学ぶ」(learn:能動態)ものなのです。
その学ぶ過程で、知識を得るための手段の一つとして「人に教わる」があります。
勉強には大まかに2つの手順があります。
一つは「インプット」、もう一つは「アウトプット」です。
インプットとは、新しい知識を得ることです。
アウトプットとは、得た知識を活用することです。
インプットのやり方には以下のような例があります。
- テキストを読む
- 動画を見る
- 人に教わる
- 実際に調査/検証する
アウトプットには以下のような例があります。
- 問題を解く
- 思い出す
- 人に説明する
- ノートにまとめる
これを見ればわかるかと思いますが「人に教わる」というのは、
「勉強」の手順の中の「インプット」の手段の一つに過ぎないのです。
なぜこのような勘違いが起こるかというと、学校の先生が「教える」しかしないからです。
多くの子どもたちを一人の先生が指導する都合上、「教える」という手段を取るのが楽なのです。
もちろん、宿題を出したり問題演習をする先生もいますが、
全生徒を監視し、進捗を把握するのは現実的ではありません。
その結果、「勉強とは学校で授業を受けることで、宿題はやらないもの」
だという認識を持ってしまう可能性があります。
「勉強は質ではなく時間」という勘違い
3つ目の勘違いは、「勉強は質ではなく時間」という勘違いです。
学校の授業は、勉強の効率を考えることを忘れさせます。
勉強に限らずですが、努力とはベクトルです。
すなわち、「量」と「方向」を持っています。
どれだけたくさん量をこなしたとしても、進む方向が間違っていれば目標へはたどり着きません。
進む方向、つまり効率を考えることが成績を上げる近道です。
学校の勉強は、方向を無視して量だけに目が向きやすくなっています。
「勉強は教わるもの」でも少し触れましたが、
学校は多数の生徒を少数の教師で指導しなければなりません。
その結果、生徒一人ひとりに向き合うことが難しくなります。
それが、「時間」と「評価」という形で顕在化します。
時間とはすなわち勉強時間のことです。
多くの生徒を指導する都合上、生徒一人ひとりの進度に合わせて授業を進めることはできません。
そのため、授業進度は「時間」によって区切られます。
「多くの生徒はこれくらいの時間で習得できるだろう」という見込みのもとカリキュラムが策定され、
教師のスケジュールに合わせて時間割が組まれます。
生徒ができるようになったかなっていないかは授業時間にほとんど影響を与えません。
さらに、「できるようになったかなっていないか」すなわち評価も個別に判断されません。
時間が統一されている以上、学校側は各生徒が習得にどれくらい時間がかかったかを把握しないためです。
判断基準は「テストの点数」、「問題を何問解いたか」、「宿題をやってきたか」程度です。
本来測定するべき、「できるようになったか」を簡易な別の指標で置き換えているのです。
これらによって、「その時間でどれだけの成果を出したか」や、「実際にできるようになったか」が無視されます。
表層的な時間や量に気を取られ、本質的な「成果」に目がいかなくなってしまうのです。
これは集団授業を行う学習塾にも言えます。
学校が見てくれない以上、これも自分でなんとかするしかありません。
効率的に成績を上げる勉強法はこちら。
