私は学生時代、歴史の授業が特に嫌いでした。
二度と思い出すことのない年号や、知らない人の名前を覚える作業に意味を見い出せませんでした。
しかし、大人になってから、少しずつその必要性を感じ始めました。
この記事では私なりに考えた、歴史を学ぶことの意味を2つの視点から紹介します。
別の分野をより深く学ぶための準備
私が歴史の授業が嫌いだった理由の一つが、「何の話なのかわからない」ことでした。
経済なのか、戦争なのか、文化なのか。
結局、何を伝えたいのかがわかりません。
そもそも歴史とは、独立した一つの学問分野ではないのではないかと思います。
数学には数学史が、経済学には経済史が存在します。
歴史はある分野における時系列データなのではないでしょうか。
そんなふうに思っていましたが、ある経験によって歴史の授業の必要性に気づきました。
当時、私はITに興味があり、勉強していました。
我々が今日何気なく使っているインターネット。
実はその起源は軍事技術なのです。
第二次世界大戦の頃、アメリカは「空襲から軍事機密を守る方法」を探していました。
当時、情報といえば紙に書かれた文章で、一度燃えてしまえば復元する方法はありませんでした。
そこで開発されたのがインターネットの前身であるARPANETです。
情報を電子データとして安全な場所に保管しておき、通信技術を使って転送するというものです。
例えば、このような知識を納得して理解するには、当時の情報についてある程度知っておかなければなりません。
何かある分野について深く掘り下げていくと、その分野がどんな過程で進歩を遂げてきたのかを知る必要が出てきます。
その過程を知る上で、当時の社会情勢についての背景知識がなければ理解に時間がかかります。
歴史の授業は、何か深く学びたいことができたときに、必要となる前提知識を得るものなのではないでしょうか。
先人の成功や失敗を学べる
昨今、コロナウイルス感染症が問題となっています。
「未曾有の危機」なんて言われたりしますが、それは本当なのでしょうか。
み‐ぞう‐う【未曾有】
① (形動) いまだかつてなかったこと。ひじょうにめずらしいこと。また、そのさま。希有(けう)。みぞう。
https://kotobank.jp/word/%E6%9C%AA%E6%9B%BE%E6%9C%89-2085112
パンデミックは本当に「いまだかつてなかったこと」なのでしょうか。
当然、社会情勢やウイルスの特性が全く同じということはありません。
しかし、毎年流行するインフルエンザや、ペスト、天然痘のパンデミックから学べることは本当になかったのでしょうか。
大地震や原発事故、大不況は人類史上初めてのことだったのでしょうか。
一度犯した失敗を、二度起こさないようにする。
このプロセスを「学習」と呼びます。
歴史の授業は、過去の過ちを繰り返さないためにあるのではないでしょうか。
